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チリンチリンッ。
快活な音色をたてて、入口の扉が開く。
ふと振り返ると、細身な影が小さく会釈をして、ゆるりと店内に入ってきた。
「こんちは。いやぁ、すぐそこの幼稚園児に捕まっちまって、そりゃもう揉みくちゃにされて酷ぇ目にあったわぁ」
入口で枯れ葉を叩いて落とすその人物はマスターに「珈琲で」と、陽気に注文をすると、こちらを向いて手を挙げた。
「おやおや、明さんがおるとは。今日もお仕事で?」
馴れ馴れしく話しかけているが、僕とはそこそこに面識がある。
初対面からこの調子ではあるのだが。
「まぁね。それにしてもその格好は早いんじゃないかな?」
「おや? 暑苦しいかな? 秋風は体の芯に響くけん許してや」
羽織っていたコートを脱いで、置いてあったハンガーにかけて、スタンドに掛ける。
するとより細身が映えるロングTシャツが顔を出した。
そこには『毛玉』の二文字が大きくプリントされている。
センスを感じられないが、容姿はなかなかに端正で、一見においては、色男だ。
「明君が心配してるのはそこじゃないと思いますよ」
マスターが珈琲を僕の向かい席にそっと置いた。
やはり湯気は湯煙のようにゆらりと空気を暖めている。
「おや、この姿のことか。こりゃ--」
「とにかく落ち着いて座ってよ。というか、まずはそのTシャツのプリントが気になってしょうがないよ」
どうしても目に入る二文字が、僕の意識を小説から引き離す。
稚拙も稚拙、なんともシュールな二文字だが、笑いを起こすには全く物足りない。
「こりゃ力作だろ。これを考えるのに五分も使ったけん、しんけん疲れたし」
この男、惜しむことなく大分弁を使って来るのだが、出会った頃に何故こんなに馴れ馴れしいのかをやんわり尋ねると、「方言に馴れ馴れしいなんて概念は有り得んし」なんて横暴な理屈、いや、屁理屈を押し通す程の地元愛を持っている。
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