勿忘草と、妖怪の慶び

16/16
398人が本棚に入れています
本棚に追加
/33ページ
「それと、紅音さん」  僕は真っ直ぐに紅音さんを見る。  そして紅音さんは涙を流しそうな緩んだ表情で、僕を見つめる。  それは人質を取られたような気分なのだろうか、と状況を照らし合わせながらに、僕達が悪役になっている気がしていた。  しかし、ならばこそ、悪役を買って出よう。 「この子は僕が持って帰ります。浄化したとはいえ、行いへの戒めは必要なので」 「でも--」  紅音さんは気付けば、幾粒もの涙で頬を濡らしていた。  頬を伝った涙は、床や紅音さんの手の平で弾けて、それでも留まることなく、頬を伝っている。 「もしも会いたいのであれば、優希さんを通して、うちに来て下さい」  僕はそれを言い残すと、優希さんにアイコンタクトを送り、階段を降りた。  隠も、「じゃあな」と告げて、僕の後をついて来る。  僕達は、紅音さんの心にしこりを残したままに扉をくぐり、日向家を後にした。  あれ程に足れ流れていた穢れはなく、家に明かりが灯り、中からは紅音さんの泣きじゃくる声だけが聞こえてきていた。  秋風はしみったれた僕の心には、少しだけ()みてくるようで、心の痛みを季節のせいにしながら僕達は帰路についた。    響き渡る泣き声にお母さんはかける言葉を見付けられないでいる。  私も、何を言えばいいのか。  いや、わかってはいるのだけど、言葉をかけるタイミングを探していた。 「どうしてこんな酷いことするの--」  掠れて聞き取りづらいけど、確かにお姉ちゃんの苦しみが言葉になって出てきている。  こんなに痛ましいお姉ちゃんは見たことがない。  それを見ているだけで、私も胸が締め付けられた。 「せっかく本当の友達が出来たと思ったのに」  お姉ちゃんの涙は更に勢いを増した。  無尽蔵に溢れる涙が、私の喉まで出ている言葉を、後押しする。  早く言わないと、どんどん苦しんでしまう。  私はお姉ちゃんの涙で濡れた手を握りしめて、お姉ちゃんを抱きしめた。 「大丈夫。私達がついてるよ。それに聞いたでしょ? 『もしも会いたいのであれば』って」  そう、きっと、会えるのだ。  どんな形かはわからないけど、また会えるのだ。  きっと今よりは良い形で。  それでしかお姉ちゃんの穴が埋まらないことを、明さんは知っていたんだ。 「明日、行こう。会いに。私も一緒に行くから」  またあの喫茶店へ。  今度はお姉ちゃんと一緒に。
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!