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チリンチリンッ。
喫茶店の扉が開く。
マスターが開けようと駆け寄る暇もなく、扉から女性の姿が現れた。
「いらっしゃい」
「おはようございます。マスターさん。明さん」
溌剌とした優希さんの声に、僕は小説を置いて、顔を上げた。
「おはようございます、優希さん。それに--」
「日向 紅音です。昨日は大変お騒がせしまして、申し訳ありませんでした」
紅音さんは申し訳なさそうな表情で、マスターと僕を見ると深々と頭を下げた。
「そんなに畏まらないでください」
僕が紅音さんに声を掛けるが、頭を上げてくれる雰囲気はない。
「でも……」
代わりに優希さんが僕を見て、推し量るように声を掛けてくれた。
「マスターが困っちゃいますから」
僕が目線をマスターに移すと、優希さんもマスターに視線を送る。
マスターは両手をあたふたと揺らしながら、困り顔で掛ける言葉を探している。
これでは収集など到底無理だろう。
優希さんはクスリと笑うと、理解してくれたように紅音さんの背中を叩いた。
「マスターが困ってるから、頭上げてもいいみたいだよ。お姉ちゃん」
紅音さんは探るように顔を上げて、マスターを見るなり、クスリと笑い、頭を上げた。
「本当に良い人達なんですね、優希が言ってた通りみたい」
紅音さんの、昨日とは比べられない溌剌とした笑顔にマスターも安心したのだろうか。
「お心遣い、ありがとうございます」
なんて、お礼を言うものだから、紅音さんも「私の方こそ」とお礼を言えば、マスターもまた、「こちらこそ」と終わらないお礼合戦に優希さんと僕は微笑ましいような、困ったような表情で、顔を合わせた。
「あっ、勿忘草」
紅音さんが気付いて歩み寄ると、嬉しそうにゆらゆらと揺れはじめる。
「良い席ですよね。羨ましいですよ」
僕が紅音さんにそう妬みっぽく言うと、紅音さんは嬉しそうに「そうですね」と呟いた。
「そこなら紅音さん達が来るのを一番に見付けられると思いましてね」
マスターは珈琲と、ホットドッグを紅音さんの席にそっと置いた。
「お姉ちゃんの好物。マスターって、なんかいつも的を外さないですよね」
優希さんが神妙な面持ちで、睨みつけた。
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