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気付けば、十六時を回り、喫茶店『琵助』も、店じまいを済ませていた。
秋の夜風は肌を刺すように冷たく、マスターがゴミ出しの為に扉を開けると、「ひぃ」と隠は声を震わせた。
「マスター。夜風が冷えてしょうがねぇ。扉は閉めて、裏から出てくれていいんやないすか?」
隠は悪びれもせずにマスターに指示を出す。
一体、自分を何様と思っているのだろうか。
「すまないね。これで終わりだから」
中に戻ってきたマスターが、困ったように両手を合わせて、謝罪の意思を示す。
「マスター。こいつに謝る必要はないんですよ。猫舌は改善するのに、寒さには弱いままなのか?」
「馬鹿言え。寒さは哺乳類には天敵やろう? エアコン入れさせてもらうけん」
やはり悪びれもせずに、エアコンのリモコンを取ろうとする隠の手を跳ね退けて、僕はリモコンを窓際にそっと置いた。
「よく見なよ。マスターがストーブをつけてくれてるんだから、我慢しなよ。すぐ暖まるから」
「そいつは駄目やろ! 鼻が駄目になるけん、辞めてやぁ!」
それはよく知っている。
ちょっとした嫌がらせのつもりなのだから。
「隠さん、ごめんね。こっちの方が安上がりで。古いエアコンだから電気代の割に全然効かないんだよ」
マスターが申し訳なさそうに、謝罪する。
隠も大概、横柄な態度を取るが、マスターも大概、頭が低い。
ゆえに隠は調子に乗ってしまうのだ。
「しょうがねぇか。ストーブで我慢するか」
そういうとストーブの前に陣取って、「はふぅ」と、心地よさそうに暖を取る。
自分勝手、とはまさにこういうことを言うのだろうかと、頬杖をつきながら、しみじみと僕は皮肉を心の中で漏らした。
すると、隠が入ってきた時とは、少し音色の違う鈴の音が鳴り響く。
それと共に扉をコンコンッとノックされる。
「はいはい、ちょっと待ってくださいね」
マスターが忙しなく、カウンターから顔を出す。
「僕が対応しましょうか?」
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