1.読逍遥《しおりなければよみとまれぬ》

6/8
前へ
/8ページ
次へ
《人目避け 選んだ路地は薄暗く そこで静かに待つけだもの》 《誰も見てないから たまには誰かを見てみたら?》 《水族館でも読むんだね 口を挟むとすねるから ペンギンのくちばしをつまむよ》 《上映中、原作を読むきみの心臓をポップコーンでねらい撃つ》 《本に挟んでいちご狩る きみをよそ目に枝折るよわたしは》 《プラネタリの星明り いちゃつく男女で遠いわたしらはまるで七夕か》 《地面に落とした涙は待ち合わせまでの道しるべ きみは来るのかい?》 《帰り道 手をつなごうにもきみの手に しっかり握られた大江健三郎》 《やみくもに追いつづけて、つづけていても、つづかないってことは、きみには才能がないってことだよ》  もちろん分かってはいるよ。それでもつづけるしかないだろ。 《葉裏にいる虫を ちゃんと表に出さないと》  そうだね、小説と、それに詩だ。  どんなに才能がないからって、ぼくはそれを書きつづけるしかないんだ。 《どうして?》  分からないけど、たぶん、その分からないことを、分かるためだと思う。 《っふ、なにそれ。まぁ、きみの人生はきみのものだから》  そうだね。ぼくの人生はぼくのものだ。  ぼくのものだけど、ぼくのものではあるんだけど、と思いながら玄関に向かい、そこに置かれたぼろぼろのスニーカーを履いて外に出る。  うす雲のかげり一つない清廉な空を独壇場とする太陽は、自らが有する立場に思い上ることなく、眼下の景色、そこいるぼくを平等に照らす。いつも顔を伏せていたから分からなかったけど、陽射しってこんなに眩しかったのか、明るすぎて目を開けるので精いっぱいだ。ぼくと同様に光を受ける樹木、その梢の葉にこされた光は、幾千本もの長細い糸のように視界を縦断し、薄布のように景色にかかる。それをかき分けるようにして歩んでいく。陽光に軽く触れるだけで、その熱量が持つ無報酬の温もりに涙が出そうになった。これを一身に受けている陽だまりの小花は、そよ風ともに打ち震えるようにしてゆれていて、ぼくもその揺らめきを少しでも得たくて、自らの肺腑にゆっくり落とし込んで息をする。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加