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《人目避け 選んだ路地は薄暗く そこで静かに待つけだもの》
《誰も見てないから たまには誰かを見てみたら?》
《水族館でも読むんだね 口を挟むとすねるから ペンギンのくちばしをつまむよ》
《上映中、原作を読むきみの心臓をポップコーンでねらい撃つ》
《本に挟んでいちご狩る きみをよそ目に枝折るよわたしは》
《プラネタリの星明り いちゃつく男女で遠いわたしらはまるで七夕か》
《地面に落とした涙は待ち合わせまでの道しるべ きみは来るのかい?》
《帰り道 手をつなごうにもきみの手に しっかり握られた大江健三郎》
《やみくもに追いつづけて、つづけていても、つづかないってことは、きみには才能がないってことだよ》
もちろん分かってはいるよ。それでもつづけるしかないだろ。
《葉裏にいる虫を ちゃんと表に出さないと》
そうだね、小説と、それに詩だ。
どんなに才能がないからって、ぼくはそれを書きつづけるしかないんだ。
《どうして?》
分からないけど、たぶん、その分からないことを、分かるためだと思う。
《っふ、なにそれ。まぁ、きみの人生はきみのものだから》
そうだね。ぼくの人生はぼくのものだ。
ぼくのものだけど、ぼくのものではあるんだけど、と思いながら玄関に向かい、そこに置かれたぼろぼろのスニーカーを履いて外に出る。
うす雲のかげり一つない清廉な空を独壇場とする太陽は、自らが有する立場に思い上ることなく、眼下の景色、そこいるぼくを平等に照らす。いつも顔を伏せていたから分からなかったけど、陽射しってこんなに眩しかったのか、明るすぎて目を開けるので精いっぱいだ。ぼくと同様に光を受ける樹木、その梢の葉にこされた光は、幾千本もの長細い糸のように視界を縦断し、薄布のように景色にかかる。それをかき分けるようにして歩んでいく。陽光に軽く触れるだけで、その熱量が持つ無報酬の温もりに涙が出そうになった。これを一身に受けている陽だまりの小花は、そよ風ともに打ち震えるようにしてゆれていて、ぼくもその揺らめきを少しでも得たくて、自らの肺腑にゆっくり落とし込んで息をする。
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