1.読逍遥《しおりなければよみとまれぬ》

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 吸った空気は生暖かく、もうそんな季節になったのかと今更のように驚く。なるべくゆっくり生きていたはずだ。気付けば前のめりになっていた。気付けば遮二無二駈けていた。速度を落とす方がもっと息苦しくなると思っていた。立ち止ればもう死んでしまうと、常に動いていなければ、ぼくはすぐにいなくなってしまうと思っていた。でも、そうじゃないんだね。たまに動きを止めなければ、人はどこにもいられない。きっときみが言いたかったことって、そんなことだ。  ぼくは止まってしまうような速度で、慎重に足を運び、一歩一歩の振動を確実に身体に送って地を踏みしめる。足裏から伝わる温もり、頭上にも同様の温度を感じる。ぼくはこんなにも温かい場所にいたのだ。それほどまでに冷え切っていたのだ。今さら感謝してももう遅いか。いや、まだ、いいや、まだだ。ぼくは緩慢にくちびるを動かし、それを繰り返し口にする。はたから見ればまぬけか狂人、しかしここから見ればひとりの人だ。どこにもいない、ここだけにいる人だ。
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