0人が本棚に入れています
本棚に追加
A男は人通りの多い道を歩いていた。
気温は真夏日と言うにふさわしく、蜃気楼がゆらゆらと揺れている。
「すっげー人混み!」
A男は人混みの中で叫ぶ。
真夏日だというのに冬用の制服を着ているA男は汗一つ流していない。
「あ。」
A男の目に映ったのは、A男の記憶の中より少し大人びたB子だった。
B子は暑そうに襟元をパタパタと仰いでいる。
「あー……暑い。」
「そうだね。」
「頭バカになりそ……」
「お前は元からだろ?」
A男はクスクスと笑う。B子はしかめっ面のまま「まぁバカなんだけどね」と呟いた。
蜃気楼はまるで何かを誘っているように揺れている。
B子は人通りの多い道を抜け、1つ息を吐いた。A男はB子の横で微笑んでいる。
「あっ!花萎れかかってんじゃん!」
持っていた花が萎れ始めていたことに気が付いたB子は、急いで道端に置いてある花瓶代わりの瓶に花と水を入れた。
A男の後ろには蜃気楼が迫っている。
B子は手を合わせ、目を瞑る。
A男の背中に蜃気楼が触れる。
B子が目を開け、古い花を新聞紙に包んで帰ろうと元来た道を向く。
蜃気楼がB子の目の前で揺れている。
A男は蜃気楼に包まれる。
B子はそこにA男がいることに気付かず、大通りに向かって歩き出す。
「B子──」
A男の声はB子には届かず、蜃気楼の中へと消えていった。
最初のコメントを投稿しよう!