第八話 失恋と旅行

21/23
前へ
/154ページ
次へ
 流助は目を真っ赤にして耐えた。二人は月の光の中、健やかに眠るイオと巌太をただ見つめた。 「……るたあ」  突然イオが寝言を言った。深刻な空気をまったく無視し、何か楽しい夢でも見ているのか、にやにや笑うとぽりぽりと顎のところをかいた。  二人は顔を見合わせ、微笑む。 「かわいい」 「ほんとにこの人は」 「ねえ、鳥飼さん、」 「はい」 「巌ちゃん寝たことだし、イオ起こしちゃわない?!」  流助が真っ赤な目をしているくせに、いたずらっぽく笑った。 「そうしますか……」  鳥飼はにっこり笑い、巌太が目を覚まさないよう注意深く、イオを抱き上げた。その様子をうっとりと見ながら流助は言った。 「王子さまとお姫さまみたいって二人のことずっと思ってた。俺はおつきの小人」 「何を言っているんですか。これから一緒にお姫さまを守るんです。流助さんも王子さまですよ」  鳥飼はしなれないウインクをすると、流助はへへっと笑う。 「……鳥飼さん、俺に役割をくれてありがとう」 「どういたしまして」 「俺もイオを守る」 「その言葉を信じます」 「そういや鳥飼さん、フィルタグラスやめたの?」  流助は緊張をあっさり解除して、気さくに鳥飼に尋ねた。鳥飼もほっとして一気に呑気な気持ちになった。そうそうこれこれ、この感じ。二人の間の空気はこんな感じのゆったりしたものだった。懐かしくて胸が痛い。これからはこれが毎日続いてゆく。 「いろいろあってですね、話すと長い」 「そうだね。俺もいっぱい話したいことがある」 「これからゆっくり話しましょう」 「そうだね! でもとりあえず、今夜はぐふふ」 「悪い王子さまですね」 「王子さまも人間ですから~」  流助は歌うみたいに変なフシをつけて言った。 「ん……なに……?」  鳥飼に抱き上げられて隣の部屋に連れてこられたイオは、半分眠ったまま長い腕を伸ばす。その手は流助の頬に触れる。とたんにふわんと微笑みが顔全体に広がった。 「流がいる」 「いるよ、イオ」 「誠もいる」 「います」 「巌ちゃんは?」 「眠ってますよ」 「良かった」  もぞもぞとしてまた眠ろうとするイオの、うっすらと開いた唇に流助は軽くキスをする。優しく優しく舌を触れさせついばむ。そうして無抵抗な人の寝間着、旅館に備えつけてあった簡素なそれを脱がす。
/154ページ

最初のコメントを投稿しよう!

821人が本棚に入れています
本棚に追加