第一話 ベッドの上の%

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 こっそり帰宅するつもりが、玄関で派手に転んだ淵流助(ふちりゅうすけ)は、一人ブフッと照れ笑いをした。酔っぱらっているので痛みこそ感じないが、今のは相当やらかした。しかし家人たちが起きてくる気配はない。そっとサンダルをそろえて脱ぎこれ幸いと、キッチンに忍びこむ。  流助は現在二十一で、酒は十九くらいから嗜んでいる。成人し大っぴらに飲める年齢になっても、仕事柄酔っぱらうことは少ない。今夜は特別だった。最近あまり来ることがなくなったお客さんが久しぶりに店に来て、流助の結婚を祝ってくれた。店長も厨房も大目にみてくれたものだから飲みすぎた。  少しは酔いを醒まさねば。  冷蔵庫のドアに手をかける。そこへ冷えた天然水のペットボトルが魔法のように出現した。ありがたく頂戴し、その場にぺたんと座って一口二口と口をつけ、やおら一気にぐびぐび喉に流しこむ。半分以上あけてようやくひと心地つくと、にへっと笑った。 「鳥飼さーん、起きてた? うるさかった?」  水をくれたのは見た目サングラスそっくりの、特殊なアイウェアをかけた大男だ。酔っぱらった身体をゆらゆらさせながら床から見上げると、まるで大型冷蔵庫がもう一台、という感じがした。  この感じはそう、山みたいな自然方面のおおらかさもゼロじゃないけど、微妙に違う。どこか人工的でメタリック。突然にょきっと街の風景を切り取るように現れた高層ビルとかタワーのような巨大建造物。  もしくは洗濯機とか冷蔵庫とかエアコンみたいな大型家電、イエス、家電。高性能でかっこいいやつ。機能満載で見た目もオシャレで、発売したばかりのかしこいやつ。  静かにスマートに家の中で働いて、普段めったに自己主張しないけど、確実にみんなを助けてくれる。なのに残念ながら使う方の頭が悪いため、三つくらいの用途にしか使われないかわいそうなの。うん、すごく似ている。 「こんな遅くまでお仕事大変ですね」  家電と思われていることなどつゆしらず、鳥飼誠(とりがいまこと)は小声で酔っ払いをいたわる。その目元は「フィルタグラス」という視覚的フェロモンを軽減させる目的の特殊な眼鏡で隠されているが、口元がにいっと横に伸びて陽気なスマイルを作っているから、隠された瞳がどんな色なのかおおよそ見当がつく。
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