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「よくとれたね、いいのほんとにいただいちゃって」
「仕事の関係で手に入ったので。どうぞ二人で行ってきてください」
本当はわざわざとったのだが、イオは笑顔で嘘をつく。
「ありがとうね、やだ、何着て行こうかしら~」
カウンターの中で若い声を出す義母と興奮する義父の横からぴょこんと流助が顔を出した。紺のTシャツにハーフパンツ。サンダル。頭には手ぬぐいをしていて、店の名前がはいった前掛けをしている。動きがきびきび無駄がなく、いつもの流助と違う仕事の顔をしている。
「何飲む? ビール?」
「うん、ビール」
「お願いします」
流助の実家は居酒屋で、結婚後も流助は両親と一緒に働いていた。
訪れるのは数か月ぶりで、行くと大歓迎のあまり代金を受け取ってくれないのが疎遠にしている言い訳だ。帰り際の払う払わないの押し問答はもはや儀式だった。嫌味にならない程度にプレゼントで返しているのだが、それもなかなか難しい。何を選んでいいのか、どれくらいのタイミングで渡せばいいのか悩む。
何もしないことで相手に負担をかけない流助とは、まるで似ていない義両親である。
「こんばんは~、流ちゃんの夫さんなの?」
「どっちがそうなの」
ビールに口をつけるかつけないかのタイミングで、手ぐすね引いて話しかけるタイミングをはかっていた常連のおばさんたちが声をかけてきた。
「どっちも!」
会話が耳にはいっていた流助が向こうのテーブルでオーダーをとりながら声をはりあげて答えた。
「へえ~、三人婚! 流ちゃん、立派な相手と結婚したんだねえ」
「だろだろ羨ましいだろう」
常連と話しながら流助が、二人に何を食べるか聞いてくる。
「何にしやっしょ」
「湯豆腐ください」
「あと牛タンください」
「はい、湯豆腐とウシ、はいりましたー!」
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