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「まだ車のところです。どうかしましたか?」
『すぐ来て……流助が……』
「流助さんがどうしたんですか? いまどこですか?」
『わからない。逃げているうちにわからなくなって』
逃げている?
「どういう?」
鳥飼は展望台への階段を駆け上がりながら尋ねる。
『知らない。わけわかんない奴らに声かけられて、やばそうな空気だったから逃げて……今トイレの中に鍵かけてたてこもってる』
ドンッ、バンッとドアをたたく音。
『おじょーちゃーん、わけわかんなくないよー、でてきなよー』
男の声が聞こえた。笑う声もする。複数だ。
鳥飼の胸が騒ぎ、声が低くなる。
「イオくん、今どこですか。すぐ迎えに行きます」
階段を一段とばしで展望台までのぼりきるが、誰もいない。
『……あ、携帯のバッテリがやばい、ええと展望台から来た道を逆にくだって、』
最悪なことに通話がきれてしまった。
鳥飼は舌打ちをする。
焦りながらフィルタグラスをはずして周囲を見渡す。αの視力を最大限にする。五感をマックスにして働かせる。
すると風にのってかすかに甘い香りがしたような気がした。風上を向いて目をこらすと、本当にうっすら、空気に色がのっているのがわかった。
神経をとぎすませる。知っている色と香りだった。
αなら絶対に嗅ぎ分けられるこの香りは、発情したΩのフェロモンだ。αほど強くはないが、βの香りもする。βの方は汗の匂いにおびえが混ざっている。
山肌にそってまがりくねっている舗道を無視し、低木や雑草をものともせず風上に向かって直進する。ほどなく小さな広場にでた。
公衆トイレの前にバイクが何台か停められているのが目に入った。屈強そうな男たちが、たむろしていた。
中でもひときわ目立つ体格のよいライダースジャケットの男が、多目的トイレのドアをたたいている。他の者も「おーい」と中に呼びかけ、下品な声で笑いあう。
全員がα男性だった。瞳の色と体格と傲慢そうな雰囲気でわかった。みんな、トイレに立てこもった獲物が出てくるのを待ち受けている。
男たちを押しのけるようにして、鳥飼はドアの前に立つ。
「イオくん、流助さん! 平気ですか?」
「鳥飼さん……?」
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