ナツオイビト

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ナツオイビト

「那津雄さんっ!那津雄さ~ん。どこにいるの?」 両親の寝室だった部屋から母の声が聞こえてくる。 「来たか……」 隆之はそう呟くと声のする部屋へ行き、抑え目の声で話しかけた。 「母さん」 「那津雄さん!那津雄さん!どこ?どこなの?」 「母さん」 もう一度、今度は大きめの声で呼び掛けてみた 「あら、隆之。お父さんがいないのよ」 そう言って一度はこちらを見たが母はまた父の名を呼び続ける。 「母さん、父さんは急な仕事で1時間ほど出てくるって。」 「そんなこと言って、またあの女の所へ行っ……」 「大丈夫だよ」 隆之は母の言葉を遮るように言った。 「あの人は……もういないから」 その言葉を聞いた母の唇が、ほくそ笑むように歪んだように見えた。 「そうだったわね」 もういないんだわと言って母は障子の方へ消え た。 静かになった部屋で僕は大きなため息をつく。 毎年繰り返される同じやりとりは、これで何度目になるだろう。 初めて母が壊れたのは突然父が不倫をしているという噂が流れた夏だった。
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