秘密に触れないで

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 何やってるんだよ。早く小屋へ行けと強く願ったその時だった。不意に遠くで雷の音が聞こえた。それと同時に雨がポツポツと頬に当たる。ゲリラ豪雨の前触れだ。こんな夜なのに天体観測と言ってしまったことを後悔する。  朝日が隠れてからすぐに男が現れた。向こう岸でスマホの画面が光っている。  彼は朝日が特に苦労をする、水門の最初の梯子を難無く軽々とのぼり、画面をライトにして一歩ずつ近づいてきた。まったくの無警戒で水門の中央付近にさしかかった瞬間だった。朝日が窪みの影から飛び出し、勢いをつけて男に体当たりをした。バランスを崩して一緒に落ちそうになる。俺は思わず悲鳴を上げた。  朝日は寸でのところで、踏みとどまっていた。俺に気付くかと思ったが、よほど興奮していたのだろう。双眸を見開いて男が落ちた場所を見つめている。激しい呼吸を繰り返し肩が上下に揺れていた。  水門の下は暗くてよく見えないが、男の気配はない。  突然後ずさり踵を返すと、朝日は振り返らずに真っ直ぐ水門を走る。そして河川敷に飛び降りて、草むらの中に消えて行った。俺はあんなに早く水門を走る朝日を見たのははじめてだった。  人の気配がなくなったことを確認すると、俺も向こう岸へ戻った。朝日とは逆に土手を降りる。須藤がどうなったのかを見ておきたかった。  近づくと浅瀬で仰向けに倒れていることはわかったが、生存の有無までは確認できない。その水門は小さく、高さは二階建ての家ぐらいしかない。下が水ということも考慮に入れると、この程度の高さから落ちてきちんと死ねるものなのか、俺には疑問だった。その時、男のスマホが大きな音をたてて着信音を響かせた。俺は慌てて水の中を走った。水の流れはいつもよりも早い。強い雨が振り出し、雷も鳴っている。どろどろとした水底が足を掴み地中に引きずり込もうとする。しかも下水のような臭いがする。膝まで水に浸かりながら、何とか男の傍へたどり着くと、腹の上で光るそれを取り上げ電源ごと切ってポケットにしまった。  その時、男が足元でうめき声を上げた。
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