秘密に触れないで

7/28
前へ
/28ページ
次へ
「うっ」  ぎょっとして見やると、薄く目を開ける。 「あのガキ・・・・・・ぶっ殺してやる」  俺が後ずさるとTシャツを掴んだ。 「お前、救急車呼べよ」  男は水門のどこかに頭をぶつけたらしく、服が赤く染まっている。  男のどんよりとした黒い目を見た瞬間、稲光と同時に轟音が響いた。俺は男の胸の上に跨る。そして全体重をかけて男の額を水の中へ沈める。男は何度も浮かび上がっては手足をバタつかせる。それは時々俺の腕や顔に当たった。しかし、水の底の更に下。泥の中に埋めてしまうぐらい、俺は須藤の額を押した。時々、力で負けて須藤は水の中から顔を上げる。声を出される前にまた水の中へ沈める。  どのぐらい攻防は続いただろう。雨が激しく俺たちを打ち付けていた。気付くと川の水位は太腿まで上がっている。俺が手を離すと、須藤はもう動いていなかった。ゆっくり手を離すと、静かに浮かび上がる。死体は目を見開いて俺をじっと見つめていた。  俺は須藤をひっくり返してうつ伏せにすると、なるべく深い方へ押し流そうとした。しかし、男はぷかぷか浮かんだまま中々流れてはくれなかった。水流に身体を持っていかれそうになり、俺は懸命に岸へ戻った。泥の中から足を出し、草を掴んでよじ登る。雨は激しさを増し水笠はどんどん上がる。俺は土手に仰向けに倒れ、浮かんでいる男を見る。  このまま海まで流れていって、何もなかったことになればいいのにと思った。草むらの中まで引き返すと、しばらく雨に打たれた。泥の臭いは全身にこびり付いたまま中々取れなかった。  翌日は家で静かに勉強をしていた。台風一過の晴天で、まぶしいほどの日差しが降り注いでいる。しかし川原へ行く気にはなれなかった。
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

65人が本棚に入れています
本棚に追加