act.1 懐かしい香り

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楽しかったあの日々は、もう一生帰ってこない。 僕はまたあんなふうに笑い合えたら、と思っていたのに、その可能性を自らの手で壊してしまったんだ。 取り返しなんてつかない。あの笑顔はもう見られないし、あの温もりはもう触れられない。 僕の思い出の中でしか生きられない少女は、永遠に笑っている。 それは半年前、突然訪れた。 何の前触れもなく、僕達の前に立ちはだかったそれは、あっという間にあの子を僕から引き剥がしていった。 肩から引き千切れるんじゃないかってくらい精一杯腕を伸ばしたけど、それも届かなかった。 あいつらが邪魔するんだ。 悪魔のように笑いながら、あの子を連れて行こうとする。 「坂上くん×××のこと嫌いって言ってたよ。」 「×××のくせに生意気なんだけど。」 は、何だそれ。そんなこと言ってねぇよ。 何勝手に決め付けてんだよ。 僕が、僕が好きなのは__ 坂の上で、僕は考えた。 どうしたらあいつらから、あの子を助け出せるのかを。 また手を繋いで、夕日に照らされた浜辺を2人で歩きたいと思った。 だけど近付く隙さえない。あいつらが見張ってるからだ。 「ふざけんな。」 僕は自分の膝を叩いたけど、これっぽっちも痛くなかった。 あの子の心の方が、何億倍も痛い。 潰されて、抉られて、引き裂かれて、刺されて。 毎日のように罵声を浴びせられ、信頼してた友達からも避けられて、暴力を奮われ、濡れ衣を着せられ__ 僕は何度も助けに行こうとしたけど、結局届かなくて、諦めてしまった。 その矢先。 「坂上くん、今までありがとう。大好きだよ」 あの子はそう言って、笑顔で夕日の中に溶け込んでいった。 __…… あの子は今、別の町で暮らしている。 僕にはどこに住んでるのかは分からない。この町の中なのか、別の県なのか、日本に居るのか、そもそも生きてるのか。 どっちにしろ、もう会えないならどこに居たって同じだ。夕日が1番綺麗に見えるこの町から、あの子は居なくなったんだから。 あの子が居ない町の夕日なんて、ごみみたいだ。 赤い夕日よりもずっとずっと濃い赤を校庭に残して、彼女は__ 「__大好きだよ」 あの時の声も、笑顔も、涙も、冬に差し掛かった夕方の風の冷たさも、恐ろしいほど静かな屋上も、あの子が溶け込んでいった真っ赤な空も、どしゃ、と重たく小さな音も。 全部。 僕はあの子が、大好きだった。
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