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「ミックス定食、三つ」
「承りました。坊ちゃん」
「坊ちゃんはやめて」
飯場はムスッとした。
座敷に座ると、岡部は小玉に名刺を渡した。
岡部桂己。おかべけいき。
合コンの時に聞いていた名前の字面を初めて知った。
「俺、名刺持ってなくて…」
小玉はペこりと頭を下げた。
「あ、大丈夫です」
岡部はふふふと笑った。
「僕の作品、気に入ってくれて、凄い嬉しいです」
緊張していた小玉は、予想していた空気と違って、戸惑う。
「小玉くん、岡部くんは怒ってないんだよ」
飯場が小玉の様子にそう解説してくれた。
「岡部くんが自分から連絡するのを待っていたんだけど…、岡部くんの作品に夢中な君をみてちょうど良い機会かな…と、しかけてみました」
大人な人だと思っていた飯場が子供っぽい悪戯っ子の顔になった。
小玉は目を白黒させた。
岡部に嫌われてはいない?
にわかに信じられない。
「ありがとうございます。なかなか勇気が出なかったので…」
岡部はにっこりと笑って飯場に頭を下げた。
「小玉くん。僕、ずっと連絡しようと思っていたんだ」
岡部に真っすぐ見詰められて、小玉は息の仕方を忘れたような気分になった。
「でも…自分の気持ちが何なのかわからないままじゃダメかな…とか色々考えちゃって…」
丸っこい手で頭をかく仕種が着ぐるみのようだ。
「僕、今もわからないんです。小玉くんのこと、どう思っているか。でも、今日、会えて嬉しい」
小玉はいよいよ窒息しそうだった。
店員が二人、定食を運んでくると、やっと息がつけた。
飯場は戻る店員にビールを頼んだ。
「坊ちゃん、今、手一杯なので、取りに来て下さります?」
年配の女性店員がそういうと、飯場は二人に先に食べるように言って、一緒に部屋を出て行った。
飯場の足音が階段を下りきった音を聞いて、岡部は思い切ったように話を続けた。
「小玉くん、僕、恋愛経験ないから、ホント、まだ小玉くんのこと、真剣になれるかわからないんだけど…」
そこまで言って、岡部はモジモジと俯いて、上目遣いで小玉をみた。
「また…、してみたいです」
「え?」
小玉は岡部が何を言ったか一瞬わからなかった。
すぐに気がついて、茹蛸のように真っ赤になった。
小玉は煙突から落ちたオオカミの気分だった。
fin
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