チャプター2(現代 ある老婆と少年)

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「あら、大丈夫?」 振り返ると、家の前には80歳くらいの優しげな表情をした老婆が立っていた。観念した僕はマウンテンバイクから降りて、老婆に向かって深々と頭を下げた。 「すみません。あなたの家の前で転んでしまいまして・・・。」 老婆は首を左右にゆっくり振ると、心配そうな表情で僕の両膝を見た。 「いいのよ、そんなこと。それよりも坊や、膝から血が出ているわよ。」 老婆にそう言われて自分の膝を見ると、確かに擦り傷が出来ていてそこから血が出ていた。夜風に少し染みたが、普段からサッカーの試合でこれ以上の傷を作っているので別に大したことはなかった。 「このぐらい大丈夫ですよ。」 「駄目よ。絆創膏を貼ってあげるから中に入りなさい。」 そう言って老婆は僕の返答を待たずに家の中へ戻ってしまった。せっかくの好意を無下に断るのも悪いと思った僕は、とりあえずマウンテンバイクを老婆の家の脇に止めて後に続いた。 家に入ると古い豆電球が1つ玄関の上にぶら下がっているだけで中は薄暗かった。壁の所々にも小さなひびが入っていて、お世辞にも新しいとは言い難い内装をしていた。 「こちらにいらっしゃい。」 老婆は笑顔で手招きをしている。 「はい、お邪魔します。」 僕は靴を脱いで、家に上がる。一歩ずつ歩く度に床がギシギシと音を立てた。老婆に招かれて居間に入ると、この部屋も豆電球が点いているだけで全体的に薄暗いこと以外は、何の変哲もない普通の部屋だった。では、先程この家から放たれた閃光と大きな爆発音は何だったのだろうか?絆創膏を僕の膝に貼ろうとしているこの老婆が何事もなかったかのように振舞っていることが不思議でならなかった。 「これで大丈夫ね。もう痛くないかい?」 「はい、大丈夫です。ありがとうございました。それより、あの・・・。」 「ん?何だい?」 老婆の全てを包みこんでくれそうな穏やかな表情を見たら、僕は喉まで出かかっていたさっきの疑問を咄嗟に飲みこんでしまった。それに今の2人の間に変な空気が入り込むのを僕は何となく嫌った。 「いや、あの・・・おばあさんはここに1人で住んでいるんですか?」 「ええ、そうよ。」 僕は何気なく部屋を見渡す。薄暗い室内からは生活感があまり感じられなかった。
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