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「本日から、こちらで給仕として働かせていただくことになりました小林太一と申します。」
お梅に見送られて家を出た僕は、土埼[トキ]城にいた。そして、城門の前に立っている門番の1人に話しかけ、ついでに雇用内容が書かれている契約書も渡す。
「ふむ、確かに間違いないな。それでは書面通り今日から早速働いてもらうぞ。」
もう1人の門番も来て、僕の顔と契約書を交互に見た後に頷く。
「一応城に入るにあたって身なりの確認を行う。」
「はい、もちろんです。」
「ではその場で立ったまま、両手を上げろ。」
「はい、お願いします。」
門番2人の確認が終わると、すぐに城門が開いた。
これで僕は片岡家の人間になったということだ。もちろん、僕の本当の名前は高山利彦であり、小林太一という名前と契約書は僕が偽造した物でこの世には存在しない架空の人物である。
「入れ。あとのことはあそこにいる今川という爺さんが、お前に色々と教えてくれるはずだ。今いる給仕の中でも一番の古株で、今日からお前の上司になる人間だ。」
今川は城の縁側の下に生えた雑草をむしっていて、おそらくこちらに気付いていない様子だった。
「今ちょうど庭園の方でも清掃をやっているから、今日はお前にもそこを手伝ってもらうからな。」
「かしこまりました。それでは本日からよろしくお願いします。」
僕は門番2人に頭を下げ、城内へと入っていった。
城内は10日前までここで戦があったことがまるで嘘だったかのように閑散としていて、隅々まで清掃が行き渡っている。
「ここに来るのも久しぶりになるな・・・。」
ここは2年前に来た時の風景と何も変わっていなかった。変わったことがあるとすれば、この城とこの城に住んでいる人間が陣内家ではなく、今は片岡家のものであるということだけだった。
「お前、名を何と言う?」
風景と過去に思いふけっていたので、背後に人が立っていたことに全く気が付かなかった。驚いた僕は、慌てて後ろを振り向いた。
「あ、はい。本日から給仕としてお世話になる小林太一と申します。」
僕は直立に立つと、今川に向かって深く頭を下げた。
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