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「あら、何も借りないの?もしかして見つからなかったのかしら?」
女性は手を止めて、手ぶらで戻ってきた僕に話しかけてきた。
「いや、あったんですけど・・・また改めて借りようかなと思いまして。今日はとりあえず帰ります。」
「あら、そう。じゃあ、またいらっしゃいね。」
「はい。それでは、また。」
僕はそう言うと、胸ポケットから自転車の鍵を取り出す。今日のところはもう帰って、また出直すとしようと思った時だった。
「ねえ。」
出口の方へ向かおうとしていた時に女性が呼びかけてきた。右手には先程僕が返した本を持っている。
「やっぱり、あなたがこの本をもらっていかない?若いあなたが読んでもきっと面白いと思うのよね。」
僕はゆっくりと女性を振り返った。そして、女性に向かってもう一度深く頭を下げた。
「すみません。僕、それを読むといつも悲しくなるんです。気が付いたら涙が勝手に出てきてしまう厄介な本なんです。」
僕は今から少し前に起きてしまった「あの出来事」を思い出していた。
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