チャプター8(現代 金村萌)

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私は頷き、最後に軽く手を振って病院を出た。1週間前のことを言ってくれないことも聞けなかったこともしこりとして残ったままだったが、元気な姿を見られたのでとりあえずはそれで納得することにした。 暗くなる前に帰ろうと小走りでエレベーターに向かうと、母親と息子らしき親子が立っていた。さっき帰り際に病院に入ってきた男性の家族だろうか、まだ小さい男の子は笑顔ではしゃいでいるのだが、母親は曖昧な表情でその息子を見つめていた。それもそのはずだ、誰だって見舞いに来る回数は少ないに越したことはない。 病院を出て空を仰ぐとまだ明るかったが、薄い雲が空全体を覆っていた。小走りで病院の自転車が止めてある駐輪場に向かう途中で、胸ポケットに入れてあった携帯電話から着信音が鳴った。着信画面には加藤歩と表示されていた。吹奏楽部の加藤からだった。クラスや部は違えど部長という立場では同じということで、勇と加藤は普段から非常に仲が良かった。 「もしもし、萌ちゃん?」 電話に出ると吹奏楽部の部長だけあって、加藤の聞き取りやすいよく透った声が私の耳に入ってきた。 「そうだよ。どうしたの?」 加藤が私に電話してくるのは珍しかった。 「いや、今日土河の見舞いに行くって言ってたから、あいつの様子はどうかなって思ってさ。」 「どうって・・・加藤君、昨日見舞いに行ったばっかりじゃない?元気だったよ。あと2,3日で退院できるって。」 「そうか・・・それは良かった。」 普段の加藤にしては、やけに歯切れが悪い。電話の用件は別にあると悟った。
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