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夏の大会が近いのだろう、普段よりも掛け声が飛び交っている運動部を横切る。本番を控えているのは、僕達だけではないのだ。
「うちの部もやっと動き出した感じだね。」
萌はそんな運動部を眺めながら言う。
「ああ、これが俺達3年生の最後の劇でもあるからな。いつも以上に脚本を書き上げるのは大変だったけど、かなり良いものが出来たと思う。あとは皆がそれに魂を吹き込むことで、俺なんかが想像も出来ないような劇にしてくれるはず。」
「足を引っ張らないように、私も一生懸命頑張るから。」
梅雨の時期ということで雨雲がまばらにある夕方の空はきれいとは言い難かったが、それなりにオレンジ色の光が地面に差し込んでいて、周りを歩く人もどことなく幸せそうに見える。この雰囲気の中で彼氏として相応しい言葉があってもいいし、言われて萌も悪い気がしない状況だった。
「あのさ・・・。」
呼ばれた萌が僕を見た。
「なに?」
「・・・いや、やっぱり明後日までにはこの原稿を冊子にして皆に配りたいんだ。人数分のコピー頼めるか?」
そう言って僕は原稿を萌に差し出す。
「別にいいけど・・・なんで改まって言うの?そんなのいつものことじゃない。」
萌はクスクスと笑いながら、受け取った原稿をバッグに入れた。
「そうだよな。じゃあいつも通り頼むよ。」
昔のように恋人として純粋に気持ちや言葉を通わすことが出来ない自分にもどかしさを感じた。
「じゃあね、勇。また明日。」
「ああ。・・・ごめんな。」
付き合い始めた頃と変わらぬ笑顔と仕草で別れを告げる萌には、聞こえないような声で僕は呟いた。一軒家の2階の角にある萌の部屋の電気が付くまで、しばらく僕は萌の家の前に立っていた。
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