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事件の前夜、その隠し財産の在処が記されている文書を隠した庭園に梶山源治ともう一人の家臣が、いつものように確認をしに行った。簡単に見つかる場所ではないのだが、決して敵の手に渡ってはいけないもの故に、今回の戦が始まってからは毎日のように文書の有無を家臣達が2人体制で朝と夜に交代で確認をしていたのだ。
だが、その翌朝に事件は起こってしまった。正確には、その日の朝の担当であった森満彦の悲鳴が聞こえてきた時点では、もうすでに事が全て終わっていたと言っていいだろう。
部屋を出て最初に視界に飛び込んできたのは、首から血を流して仰向けに倒れる毛利朔太郎の死体だった。背後から斬りつけられたのだろうか、刀は鞘に納まったまま絶命していた。満彦の声を聞きつけた家臣達が私の後ろから血相を変えて庭園に駆け込んできた。だが、大半の家臣は朔太郎を通り過ぎて、少し離れた場所に集まり、次第に輪を作っていく。
狭い庭園には大声で医者を呼ぶ者、為す術がなく天を仰ぐ者、そして、その者達をただ茫然と立ち尽くして見ている私がいた。
輪の中心には見覚えのある着物を着て、見たことのない表情で倒れている雪名がいた。雪名の周りに溜まった血は庭園の池にまで流れていた。
目の前を必死な形相で森満彦が火薬と血の匂いを引き連れ、駆け足で通り過ぎる。今度は年配の医者がこの状況に戸惑う若い助手の手を引っ張って、私の前を通り過ぎていく。そして、隠し財産を記した文書が無くなっていることに気付いた梶山が私のもとへと駆け寄ってくる。
全てを悟った私・・・陣内秀孝にとって、国や財産、感覚や感情、それらが一瞬にして無意味なものに感じられた。真一文字に斬られた娘の雪名の背中だけが私の頭を離れずに今も鮮明に残っている、後悔と憎悪とともに―。
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