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今回の劇の一番重要であるこの場面を改めて読み返す。何度も何度も繰り返し読んだ場面である。老婆から借りたこの本をバッグにしまい、僕は演劇部の皆が待機している体育館裏の部室へと向かった。先程観客を館内に案内してくれた文化祭実行委員によると、用意した80席はほぼ全て埋まっている様子とのことだった。しかし、部員達には純粋に観客を楽しませることだけに集中してほしいと思い、満席状態であることを告げるつもりはなかった。たとえ1人だろうと1万人だろうと稽古をしてきた以上の演劇を観客に観せる、この当たり前の意識を部員達全員に浸透させてきた自信はある。80人の観客の中にあの老婆がいると思うと、いつも以上に気持ちが入っている僕自身がその意識に反しているのではないのかと思い、そんな自分に対して僕は少し笑った。
「何を笑ってるんだ?」
後ろから声をかけられて、僕は我に返って振り向いた。
水野貴一郎役の佐山が、劇用の着物を着て立っていた。意外にも着物をそれなりに着こなしていて、不思議と風格も感じられた。脚本作りにも力を貸してくれた上に、今となっては役者としての佐山にも期待している。
「なかなか似合ってるな。今日頼むよ。」
佐山は黙って頷く。無愛想なところは相変わらずだが、演劇部に入ってから佐山は見た目だけではなく内面的にも変わったと思っている。
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