チャプター1(過去)

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「そうですか。武田さんには初日からお世話になりっぱなしで・・・ありがとうございました。」 「当たり前のことですよ。では、私は先に帰りますね。」 「はい。また明日もお願いします。」 武田は正しい姿勢で頭を下げると奥の間から出ていった。武田がいなくなると一時的にどこかに消えていた静寂とこの部屋特有の湿り気が、再び部屋の中に戻ってきた。また1人になった僕は奥の間にあった机に向かい、紙を一枚取り出し、今日の調査結果をその紙に箇条書きしていく。 僕は依頼人の手紙とこれから積もり積もっていくはずの調査結果を一冊の本にしようと思っている、自分自身の仕事の集大成として。そして何より、探偵としての僕を最期に頼ってきたこの依頼人のために。 何かに駆られるように筆を走らせていると、日が昇っている時間帯でも薄暗かったこの部屋が、気がつけば一段と暗闇に支配されていた。静寂も一段と増している、やはりここは寂しい場所だった。 自分の書く文字も次第に見えなくなってきたので、そろそろ帰り時だと思った僕は支度をしながら、ある事を思い出した。今夜はお見合い相手の娘と僕の家で食事をする予定が控えていたのだ。 「これは不味い。」     
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