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僕が菖蒲さんの隣に腰を下ろすと、菖蒲さんは体育座りのままゴロリと横になった。
ダルマが横転した感じとでも言えばいいのか。
それよりも、自然と僕が菖蒲さんを膝枕する態勢になってしまった。さきほどから低い位置から見上げるように視線を送られていたのだけれど、いよいよ完全に下からのぞき見られる形になってしまった。
「優希」
下から菖蒲さんが語りだす。
「正直ね、限界だと思うんだ。決断の時だよ」
「って言いますと?」
「うん、私はね、それなりにちゃんとした精神科医のもとで薬による治療を続けて、十分に心の休養も取って、そうすれば一~二ヶ月の間に優希は、うまく薬を使ってやり繰りしさえすれば、通常の学校生活を送るのには支障のない程度に回復するんじゃないか、そういう風に期待していたんだ。でも、そうはいかなかった。そうだね?」
「ええ、まあそうですね」
「そう、こうやって深夜だろうと昼間だろうと優希の『発作』は襲ってくる。例えば授業中、異質さなど微塵もない教室という空間で優希は発作に襲われる。強い動悸が伴う発作だから、優希は椅子から転げて床にうずくまる。無標の教室、健常なクラスメイト達は騒然。そして先生が優希の所に駆けつけてくる。どうした優希? いったいどうしたんだ優希! って。そして優希は答えざるを得ない。『もう一人の僕が僕を見ているみたいなんです』って。それって、もうアウトだよね。それって、とても悲しいことだよね?」
僕は無言でうなずく。
確かに、例の夢のような感覚も現実の動悸も苦しいけど、異質なモノを見つめる他人の視線も苦しい。それが怖くて、もう二ヶ月あまり僕は授業に出席していない。
「だからね、私が言う決断っていうのは、とりあえず、普通の、世の大半の高校生が送るようなティーンエイジャーの時間は諦めて、別な道を選ぶ決断を下すってことなんだ。優希の未来の全てに責任は持てないけれど、この二ヶ月半優希を見てきて、優希はそうした方がいいんじゃないかって、私はそう思った」
普通の高校生を諦める、の部分に少しだけ僕は戸惑いを覚える。
別に、一生懸命勉強していい大学に入りたいとか、あるいは部活に精を出して仲間と青春を過ごしたいとか、そんなことには大して価値を見いだしている訳じゃないけれど、そうか、僕はそろそろ、普通に生きることは無理なのか。
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