プロローグ

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 薄紫色の正装。どんな流れの中でも揺るがないような確かさを持ちながらも、視線は穏やかな美しい女性だ。  顔見知りの少女は、その同性の女性にわずかばかり恋人へ寄り添うが如きしぐさを見せると、そのままゆるやかに女性を抱きしめた。  いささかだけ欲情を込めたような動悸で、少女は言う。 「もう全て、全ては変わってしまったわ。私の夢には、この世界は理不尽過ぎる」  そうした少女の独白に対して、少しの敬愛と情愛の眼差しを向け、静かに少女の額にキスをすると、女性は答えた。 「そうだね、でももう少しだけ、もう少しだけあなたは足掻いてみることができる。いつか私はあなたにマーク・C・ベイカーの『瞳の比喩』の話をしたね。人間が何故『瞳』を二つ持っているのかってあの話さ。右瞳と左瞳、どちらか一つでもいいのに、どうして我々は『瞳』を二つ持っているのだろうっていうあの話。私はこう言ったよ。『右瞳と左瞳、どちらかが優れているという事はない。だけど二つの『瞳』があると、世界が立体的に見えるんだ』とね。いいかい、今のあなたには片瞳しかないの。それはとても弱々しいことだと私は思うの。だから、最後の足掻きとして、私はあなたのもう片方の瞳を捜してみるべきだと思うの。とても、これはとても小さな可能性でしかないけれど、もしもあなたの片瞳が見つかることがあるとすれば、あるいは……本当にバカバカしいくらい小さな希望かもしれないけれど、私は今、本気でそう思っているの」  そう言って女性は瑠璃色の双眸から涙を流した。 ――この少女が世界を立体的に見ることができたなら、あるいは……。  正義であるとか、情であるとか、一昔前までなら正しいとされていたことは一笑に付されがちで、それでいて誰もが瞳を瞑ってしまえば楽になれると認識しながらも、それらの全てを忘れて瞳を閉じてしまえるほどには誰もが何かを諦め切れない世界の片隅で、女性はそんなことを思った。   /プロローグ
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