第3節「日本語教師滞在所」

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第3節「日本語教師滞在所」

  ◇ 「こんばんは。優希(ゆうき)です」  暗闇の中に浮かぶ電光の明かりに照らされた、『日本語』の一枚札が垂れ下がる小部屋のドアをノックする。  当学園における日本語教師の滞在所は、今では使われなくなった旧体育館の脇に付随するプレハブ小屋の一室にある。  とは言っても、現在の所この葉明学園に在籍する日本語教師は菖蒲さんただ一人だし、他にこの古々しい建物を好んで使う教師もいないということで、プレハブ小屋はほとんど菖蒲さんのホームになっている。  そんな女性の家の、あまつさえ私室をこんな深夜に訪れていいものかどうかとチラリと心に過ぎったけれど、状況が状況だけに仕方がないと割り切る。菖蒲さんは女性と言っても特殊な部類に入るのでまあ大丈夫だろうと、少しばかり失礼な考えも過ぎる。 「開いてるよ」  中から菖蒲さんの返事が返ってくる。  良かった。夜行性の菖蒲さんのことだから起きているとは思ったけれど、案の定だ。  なんて安心しながらも、やはり、この深夜に鍵もかけずに個室で一人活動するという神経は、いかにここが学園の中だろうと、少々この人は普通の女性とは違っているよな、なんて感想も同時に想起されたりする。  遠慮無くドアを開けて中に入ると、途端に暖度の高い空気に僕の肌は包まれる。ここを訪れるのは初めてではないのでもう知っていることだけど、外部と内部では二度ほど気温が違うのだ。  じゃあ、部屋の中に暖房が入っているかというと、そういう訳ではない。この熱は、菖蒲さんが駆る大型パソコンの稼働熱なのだ。
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