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店を出ると雪がちらつき始めていた。
「どうりで…寒いわけだ」
空を見上げる顔に、髪に雪が降りかかる。
「あ、雪の桜島見えるかな?」
独り言のつもりで言ったのに坂元くんが反応してくれた。
「行ってみますか?」
タクシーをつかまえて海沿いの公園に移動する。降りる時運転手が何度も、寒いですよ、暗いですよ、帰りのタクシーが捕まらなかったら電話してください、と心配してくれた。年の離れた男二人、何か訳ありだと思われたのかもしれない。
気温は一段と低くなり、足元から冷え込んでゆく気配がする。こんな寒い雪の夜に出歩いている人なんて一人もいやしない。人影のない公園の東屋から数メートル先のコンクリートに当たる波音だけがやけにうるさい。
正面には雪雲の下の暗闇に桜島の輪郭がうっすらと浮かんでいた。
泳いで渡れそうな距離から見ると威圧感がある。
雪が積もっているかは分からないが、かなり大きい。
少し距離を置いて、二人とも黙ったまま暫く海の方を見ていた。
風に乗って雪が舞い込むので、コートのポケットに突っ込んできた折り畳み傘をさそうかと迷ってそっと横を見ると、坂元くんは身じろぎもせずに空を眺めている。
よく見ると、彼は静かに泣いていた。
見てはいけないものを見てしまったのだろうか。見ないふりをしてあげるのが親切なのだろうか。
昭和生まれとしては声をかけて慰めたくなる。
しかし、今目の前で背筋を伸ばして泣いている青年に、事情も知らない俺が何を言えるというのだ。
せめて雪で身体が冷えないようにマフラーでもかけてあげようと手に取ってみたけど、昨日今日会ったばかりでそんな事をしてよいものかと躊躇してしまう。けれど心より体の方が正直だ。横からマフラーを巻きつけながら彼を驚かせないようにそっと自分の方を向かせて抱きしめた。
雪がかからないように、泣いている顔を見ないように、少しでも安心してもらえるように。
一瞬強張った体からは徐々に力が抜けて行き、そして…
「う...ふっ……っ……」押し殺した嗚咽と共に肩が震え始めた。
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