サウナにて

2/15
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
 頭に乗せたタオルを手にとり、まえを隠しながら外へと向ける。足でペダルを踏むと水が出てくる機械を横目に濡れたタイルを渡り、突き当たりの仕切り戸を開ける。  すると立派な大浴場がでんと広がる。  大小の石が縁を囲っており、浴槽自体は檜だか杉だかの木であしらわれた造りになっている。まわりには観葉植物やししおどしも飾られ、なんだか古き良き時代の雰囲気なのだが、今日のお湯には黄色のアヒルのおもちゃが何匹もぷかぷかと漂っている。  そういえば今日は月のイベントの日だった。家族連れへのサービスらしい。  先客に邪魔にならないように隅っこに座り、アヒルのおもちゃを指で弾いて干涸びた心を癒す。父親の腕のなかできゃっきゃと水面を叩くいたいけな男の子を眺めていると、こちらまで童心にかえった気分になる。  ここ最近、おれはかなり疲れていた。  仕事の進捗が滞(とどこお)って徹夜もざらで、資料作成に追われる日々。食いっ逸れることも稀でなく、温泉に入るまえに体重計に乗ったら2キロぐらい痩せていた。  そして最後の一撃は、後輩との映画デートの失敗。  引きずっていた疲れと興奮がたたって映画中に眠ってしまい、それ以降、後輩の彼女の口数が明らかに減ってしまった。話しかけてどこかもよそよそしく、取りつく島もない。     
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!