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殴ってやりたいと思っていても、俺が作った料理をおいしそうに食べる姿を見ていると、その怒りが霧散して、代わりにえもいえぬ満足感が湧き上がってくる。
彼が縁側に腰かけて空を仰ぐ姿を見るとき、その長めの黒髪を風が揺らしたとき、気持ち良さげに目を眇める横顔に、ふと胸が締め付けられる。
突拍子なく繰り出してくる揶揄いに一瞬漂う哀愁が、どうしようもなく俺の心を掻き乱す。
彼は、奇妙だ。
その奇妙な彼は今、自室にこもっている。
自室には立ち入るなと言われているが、好奇心から彼の留守中に部屋を覗いてみた。
そして驚いた。
この家はどの部屋も物が少ないのに、そこにはパソコンなどのデジタル機器が溢れ返っていた。
彼は今、それらに埋もれながら作業をしている。
彼の作品は、撮影したいくつかの映像や静止画をミックスし、アレンジを重ねて作られているそうだ。
できあがった映像は、彼の機嫌がよければ見せてもらえる。それは短くて三分、長くても十分くらいのもので、ほとんどが無音だが、たまに音楽が付いているものもあった。
ちなみにその音楽はパソコンで専用のソフトを使って作っているらしい。俺はそういうものに疎いので、楽器が無くても作れるのかと感心したら、鼻で笑われた。
小馬鹿にした表情を思い出し、ムッとする。
本当に彼ときたら……いや、やめよう。腹を立てたら彼の思うつぼだ。彼は俺のリアクションを見て楽しんでいるのだから。いつものこと、いつものこと。……よし。
彼の部屋の前に立ち、襖に向かって声をかける。
「ご飯できましたよ」
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