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その日のことは、きっと一生忘れない。 久々に会った大学時代の友人に誘われて、小さなシアターに行った。 自費制作映画ばかりを上映する、商業意識のないアングラシアター。 そこで観たショートフィルムに心を射抜かれた。 それは時間にしてたった十分程度の映像作品だった。 けれど他の作品にはない重厚さがあった。 静かなのに力強く、禁欲的なのにエロティックで、胸に迫る。喉を絞められたような息苦しさを感じた。映像が途切れたとき、初めて酸素を吸った気がした。 けれど一緒に行った友人は、その作品をこきおろした。 「えー、あれつまんないよ。俺眠くなっちゃった」 「眠くって、あんな短いものだったのに?」 「開始一分で睡魔に襲われたよ。だってなんか暗いしさ。なに言いたいのかよくわかんないし。意味不明な映像って脳が処理するのを拒否するから、自然と眠くなるんだよ」 「ふーん」と返しつつ、あの映像の良さがわからないなんてそれこそ理解できないと思った。 俺は映像関係に詳しくない。映画は一年に一本観るか観ないかという程度だ。そんな人間の意見より、大学で映画サークルに入っていた友人の意見のほうが正しいのだろう。 だけど俺は、これまでに観たどの映像よりも素晴らしいと思った。誰が何と言おうと、俺はあの作品が好きだ。要するにツボにはまったのだろう。 友人と別れて一人暮らしのアパートに向かいながら、シアターでもらった映像紹介の紙を見る。 あの映像のタイトルは『無題』。その横に書かれていた製作者名は、 「吉野啓伍(よしのけいご)……」
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