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吉野の家に通い始めて、ひと月が経った。
彼は、奇妙な男だった。
いつもではないが、意思の疎通がまるでできない時がある。
世間話がしたくて会話を振っても答えない。
かと思えば突然フランツ・リストについて語り出し、チェルニーとサリエリが彼に与えた影響や、ショパンへの傾倒がその曲調にどのように影響を与えたかなどを延々と論じる。
……だけならいいが、そのあとに意見を求めてきて、クラシックの知識が無くて「はぁ、よくわかりません」としか返せない俺を嘲るように笑う。
これだけでもムカッとするが、まだある。
洗濯しろと言われたのでやると「干し方が汚い」と文句を言われ、やり直すと「さっきの方がまだマシだった」と言われた。
おまえは姑か! と叫びたくなるのを我慢して、むっすりした顔でやり直そうとすると、彼は愉快そうに「やり直せとは一言も言ってないだろ」と笑った。
……挙げてみて気づいた。
要するに俺はおちょくられているのだろう。
ああ、腹が立つ。なんて嫌な男だ。
いちいち偉そうだし。天気の話をしているのに日本酒の話を始めるし。……俺ビールしか飲まないから日本酒のことなんてわからないのに。
くそう。もっと俺にもわかる話をしてくれ。それと突拍子もなく脈絡のない話をするのもやめてくれ。どうしてもやめられないなら、俺をバカにするのだけは本当にやめろ! 本気でムカつくから! ……って、こんなにムカつくなら、ボランティアメイドなんか辞めればいいんだよな……
わかっている。わかっているが、そうもできない。
それは、彼の奇妙な魅力ゆえだ。
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