第1章:動く死者と生者

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走る。走る。走る。 陳列棚の迷路を全力で駆け抜け、自分がやってきた入り口を目指す。 「あれ」が追いかけてきていることは振り返らなくてもわかった。 足音と言語通訳されない意味不明の鳴き声が真後ろに迫っているからだ。 「ぎぃぎししああぅああああああ!」 「なんだよこの世界は!」 彼は転移先がろくでもない世界なら今度こそ死のうと思っていたが、あれに食い殺されるのはご免だった。もっとマシな死に方があるべきだ。 屋外に飛び出すと道を全力で走る。 「ぎぎぎぎぁああうあ!」 鳴き声と走る音はぴったりと後ろからついてきた。 魔法による身体強化で速度が上がっているはずなのにこれだ。 普段の彼の身体的脆弱さを物語っており、魔法が使えなければ追いつかれただろう。 (どうする!?どこかの建物に逃げ込むか!?) 相手が疲労するまで逃げ続けるという手は不可能だった。 すでに息が切れかけている。 だが、ほかの建物に同じ生き物がいたら終わりだ。 空を飛べたらと彼は願う。 元の世界では誰でも使える魔法だ。体や物にかかる重力を制御する魔法で体重をゼロにし、念力で自分自身を動かす。才能があれば10歳で習得できる初歩魔法だが、彼は16歳の成人式でも使えず、周囲からは同情と哀れみの目で見られるのがとても不愉快だった。 (……いや、待てよ!) 彼は動物的本能から走って逃げていたが、空を飛べなくてももう一つ逃げる手段があることに気づいた。なんて馬鹿馬鹿しいと思った。 彼は息を切らしながら周囲を見渡し、車輪のついた「箱」の中で最も高いものを見つけると地面を強く蹴った。彼の魔法は重量をゼロにできないが、半分程度には減らし、身長の倍くらいの高さまで跳躍できるのだ。 身体強化の魔法と重ねがけしたおかげで大きな箱の上に飛び乗れた彼は下でバンバンと箱の壁面を叩く生き物を見てほっとする。よじ登る知恵はないらしい。 「ぎしゃぎあああぅあああああ!」 「何を言ってるかわからねえよ、阿呆……」 彼が毒づくと別の声がした。 「ぎいいいいひひひひっ!」 「がああぅえああああ!」 ほかの建物から同じ生き物たちが飛び出てきたのだ。 彼の逃走劇は始まったばかりだった。
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