第1章:動く死者と生者

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彼は考える。 周囲の建物は間違いなく人間が建てたものだ。彼らはどこかへ去ってしまい、代わりに周囲で呻く人間もどきたちが移り住んだ?いや、現実逃避はやめよう。 彼らがここの住人だった。 そしてなんらかの理由で凶暴化し、自分に襲い掛かってくる。 そう考えるしかない。 重要なのはその現象が自分の身にも起こりうるのかだ。 病気のように感染するのか? モドキたちを見ると肩や首、あるいは顔に傷を負っているタイプと無傷のタイプがいるのに気づいた。怪我をしてそこから病原菌が侵入するなら後者はなぜ発症したのか。 彼は必死に考えたが、やがてすべての想像を放棄した。 正常な人間を見つけてこの世界の現状を聞くしかない。 空気で感染するならそれまでだ。 彼は自分と周囲の建造物との位置関係を確認する。 もっとも安全なのは建造物の上であり、そこから屋上を渡って移動するのが理想的だ。しかし、自分が今いる「箱」は海の小島のように孤立しており、周囲の建造物へ一度の跳躍で飛び移れる距離ではない。一度地面に降りて走り、建物の縁や窓の柵に飛び乗って屋根に登る必要がある。 しかし、モドキたちが集まってくるときに気づいたことだが、走る速度は個体差がある。女のモドキと同等の速度しか出せない自分ではいずれかに追いつかれる危険がある。 (何かで注意を引きつけるか……でもどうやって?) 彼は利用できるものがないかと周囲を見回し、建物の看板に描かれた焚き火の絵でアイデアが閃いた。 「火か……」 彼は持っていた小刀で服の袖を切り取ると魔法で小さな炎を生み出して近づけた。 勢いよくは燃えないが、黒い煙がもくもくと出てくる。 もしやと思って投げてみたが、モドキたちはそれを追いかけたりしなかった。 ここまでは予想通りだ。 彼はもう一度服を多めに切り取って燃やし、次に念力で煙を操作した。 煙はペンよりもずっと軽い。 「なんでこんな面倒なことを……」 彼は愚痴りながら煙を「箱」の下側に移動させ、モドキたちに煙幕を張る。 煙幕が6体を包み込むと飛び降りて少し様子を伺う。 着地音に気づいたなら再び「箱」に飛び乗るしかない。 気づいてない。 よし、と心の中で叫んで移動を開始する。 (俺の頭脳も捨てたもんじゃないな!) 彼は自分を褒め称え、陽気な気分で建物に向かう。 その時、残酷なことが起きた。 強風が吹いたのだ。
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