第1章:動く死者と生者

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彼は結果がわかっていても振り返らずにはいられなかった。 そのせいで煙幕がかき消され、モドキたちが露出するという最悪の光景を見ることになった。 彼は走るべきか迷った。 動かなければ自分を獲物として認識しないのでは、という期待が生じたのだ。 しかし、6体のモドキのうち1体が彼を見た。 「ぎししいいいいいいいえええ」 その声に言語の意味があるのか、残りのモドキも彼に気づいた。 彼とモドキたちはほぼ同時に走り始めた。 彼は生涯最大と断言できる速さで体を動かす。 それでも後ろから複数の呻き声が近づいてくる。 1体の声が真後ろまで接近し、背中に指が当たるのを感じた。 怖い。 死ぬのは構わないがこいつらに捕まったら楽に死ねないとわかる。 6体の獣に生きたまま食われるなどご免だ。 そんなことを望んで寿命の半分を悪魔に差し出したわけではない。 彼は跳んだ。 前方にある青い屋根の建物が何なのかはわからないが、重要なのはその入り口に小さな屋根があり、そこから一段上に建物の屋根があるということだ。他の建物よりはるかに登りやすい。 入り口の屋根には着地できた。だが、彼が走ってきたぶんの運動エネルギーはそのまま彼を白い壁面に衝突させ、体が激痛を訴えた。それに耐えて彼は再び跳んだ。屋上の縁に手をかけ、両足で壁を蹴って体をまるごと屋根の上に持ち上げる。 屋上にモドキが大勢いた。彼はそんな光景を一瞬想像したが、幸いにもそんな事実はなかった。下からは意味不明な呻き声がいくつも聞こえてくる。彼は見下ろすことなどせず、すぐに隣の建物に飛び移り、そこから5件ほど建物を移動した。恐怖がそうさせた。 自分と同じ跳躍力を持つモドキが屋根を走ってくることなどない。そう自分に言い聞かせるのにしばらく時間がかかったが、彼はようやく赤い屋根の上で落ち着きを取り戻した。最初に飛び上がったときに体を強打し、特に額が痛かったが出血はないし、コブもできていない。 (初めて命がけの追いかけっこをしたにしては上出来だろう?) 彼は指の上に小さな水球を作り出してのどを潤した。がぶ飲みしたいくらいだったが、彼の魔法では少しずつしか創れない。それでも何度か繰り返すと喉の渇きは止まった。この魔法があるかぎり脱水で死ぬことはないだろう。 しかし、大問題が生まれた。 お腹が減ってきたのだ。 食べ物を創り出す魔法はない。
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