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それでも好きになってしまったのだから、感情というのは不思議なものだと清良は他人事のように思った。優しく、大事にされている自覚があるからだろう、二人きりになれば片時も離すまいと抱き締めてくれる。少し低い体温も、背中にかかるアッシュの髪も今では慣れ親しんだ。
自分らしくない、と緩んだ頬を引き締めて本に意識を戻した。
今しがた読み終えたのは王道のファンタジーで、異世界から召喚された救世主が非情な帝国軍を打ち破る話だ。
救世主が召喚されたのは獣人と人が共存する大小さまざまな国が集まった連合国側で、対する帝国は獣人を迫害する強大な軍事国家。
ありがちなお話だけれど描写に現実味があり、読んでいるこちらも体験した気分にさせられる。救世主が日本人と近い思考をしているせいか感情移入もしやすい。そう思って表紙を見れば著者は日本人で、なるほどと頷いた。
物語の元凶である帝国の第二皇子のジェイダイトと対峙するシーンは読んでいて緊張が解けなかった。獣人を排除する傾向にあるにも関わらずジェイダイトは獣人とのハーフで、その昔皇帝が酔った戯れに、蛇の獣人と気づかず女に手をかけたのが原因だった。蛇の獣人は、見た目はヒトとほとんど変わらず、見慣れぬうえに酔いの回った頭では判断できなかったのは無理もない。
母親の緑の髪と皇帝譲りの黒い瞳を持って生まれたジェイダイトは、疎まれながらも育ち、人を人と思わぬ歪んだ感情を成長させていった。
救世主がジェイダイトの境遇に悲観し連合国側へ来いと何度訴えても聞き入れず、最期は仲間の裏切りにあって命を散らす。そこに至るまでの戦いは壮絶で、連合国側も多大な被害を受け、やむを得ず救世主は戦う決意をしたのだ。
この本は救世主を主体として書かれているがジェイダイトのスポットを当てたエピソードもいくつかあり、そのせいで倒さなければならないとわかっていても生きていて欲しかったと思ってしまったのだ。
彼だって好きで半獣人に生まれたわけではない。作中で救世主に心を動かされる描写もあった。だが彼は第二皇子で居続けることを選んだ。
「そこまで地位に固執するキャラじゃないよな。扱いだって腫物に触れるみたいだったし。部下は言うこと聞かないし。死ぬってわかって闘いに行くのか?」
「アホらしくなったからだろ」
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