翡翠に告げる物語

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「っ……て!」  尻から走る痛みに清良は苦悶の表情を浮かべ、薄い尻を撫でた。ベッドから落ちたのかと顔を上げたが、思い浮かべていた人はおらず、やたらと広い部屋にいることがわかった。 「え? なに、ここ」  部屋の中は薄暗く、甘ったるい匂いが充満して気持ちが悪い。鼻の息を止めても喉に沁み込んだ匂いは拭えず顔を顰める。  肌寒さに身を抱くと、風呂を出た時に着たパジャマのままだ。  これから恋人との久しぶりの夜を過ごすと期待していたというのにこの仕打ちはどういうことだろうか。 「今夜は趣向を変えたのか?」 「昴?」  聞き覚えのある声に振り向くとそこには、自分が両手を広げても足りないくらい大きな天蓋付きのベッドがあった。暗闇に慣れてきた目をこらしてみれば、ベッドの上には二人おり、小柄な――おそらく少年だろう――が昴に跨り体を動かしていた。  時折苦し気な音を滲ませながら腰を振る少年は気づいていないのか、こちらを見ようともしない。  よもや情事を見つけられるとは思っていなかった清良は、怒りに顔を赤くしベッドへと足音を立てて近づいた。そして恋人の自分を放って他の男を抱くとはどういうつもりだと、怒鳴りつけてやろうとした口は開いたまま固まってしまった。  大きな枕に背を預けた男は腰まである緑の髪をかきあげ、気だるげに清良を見据える。薄暗闇に光る瞳は縦に切れ、頬と顎にヒビ――否、鱗が生えていた。  ――昴?  雰囲気や顔の作りは似ているけれど違う。数秒お互い観察をし合い、先に口を開いたのは清良だった。 「あんた、誰だ」 「それはこちらが聞いている」  男は自分に跨っていた少年を蹴り飛ばし、目に見えぬ速さで清良の首元に剣を突きつけた。突然のことに反応できず、状況を理解してから清良は身を竦ませ呼吸を止めた。  喉がちりりと痛み、慎重に唾液を呑み込む。 「ジェイダイト、様……」  ベッドを転がり床に落ちた少年が、整わぬ呼吸でジェイダイトの名を呼ぶが、ジェイダイトは「出ていけ」と命じるだけで少年に一瞥もくれない。少年は文句でも言うかと思えば、頭を下げ、怯えた様子で裸のままふらつきながら部屋を出て行った。  扉の向こうからざわめきが聞こえ、閉まりかけた隙間に見えたのは鎧みたいな服を着た男たちだった。
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