翡翠に告げる物語

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「辺境とはいえ皇族の、それも第二皇子の館に忍び込むとはとんだ馬鹿者がいたものだ」  声は面白そうに、だが剣はおろさずジェイダイトと呼ばれた男は言う。  清良は初めて受ける本気の殺意に動くことはおろか声も出せず混乱の中にいた。驚いて聞き流していたが、ジェイダイトという名前には嫌というほど覚えがある。  ――ジェイダイトって、さっきまで読んでいた本の……皇子の名前だよな。  昴がこのようないたずらをしでかすはずがない。なにより、首から滴る生暖かい血は本物だ。無許可で銃刀を所持できない日本で、本物の剣を持つなどありえない。  ここへ落ちる直前の、昴の不可解な言動を思い出し清良は眉を寄せた。  ――こうなるって、わかっていたのか? そんな馬鹿な。 「どうした。恐ろしくて声も出せないか」 「うるさい! 今考えているんだから、ちょっと黙っていて!」  パンク寸前の頭で清良は直面した恐怖も忘れ、剣を横にどけて怒鳴り声を上げた。切っ先が皮膚を傷つけても、興奮した状態では痛みを感じず気持ちも大きくなる。  冷静に考えれば命知らずもいいところだ。ジェイダイトも突然怒り始めた清良に呆れている。 「ここはどこ? 答えて」  溜息を吐いた後ジェイダイトが髪をかきあげ、仕方にといったふうに口を開いた。 「スリィド帝国のリバス領にある俺の屋敷だ。もっと言えば、俺はこれからお楽しみにところだったんだが、答えたのだから責任をとってくれるんだろうな」 「勝手に追い出したのはあんただろ」 「そういう状況に持ち込んだのはお前だ」  ――スリィド帝国ってことは、やっぱりここはあの本の世界なのか?  名前が同じだから本の世界と早合点するのは浅慮だ。夢を見ている可能性もある。だが昴を思い出すと呑気に考えてはいられず、本当に物語の中へ来てしまったというのなら、元の世界に戻る方法を考えなければならない。  ――今はいつだ? ひとまず状況を把握しないと。 「もう一つ聞かせてほしい、帝国は今、連合国と戦っているのか?」  昴が目を眇め、口端を器用に吊り上げた。
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