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「柴崎さん、時間ですよ」
田宮の青白い顔がのぞき込んでいた。
「またオフラインになっていたんですか?」
柴崎は、新米局員の部下に苦笑を返した。疲れがたまっていたところにリラックスして、ついまどろんでいたらしい。ワールドに常時接続していることにこのごろ、息苦しさを感じることがある。上司としても国家メディア戦略官としても見られたくない姿だ。
柴崎は車から出て、突入用の装備に身を固めた十人ばかりの男たちがいるほうに向かった。戦闘服を見ると、それまでの眠気は吹き飛んだ。
容疑者は一人のはず。国際テロ組織との関与がないことは証明されていないが、通常の容疑者に対しては異様なまでの重装備だ。それというのも「ありえない事態」のせいである。
八時間前、国民番号システムが侵入を受けた。システムの情報は、二十三箇所のサーバーに分散して保管されており、政府は「絶対に侵入不可能」と宣伝してきた。すべてのサーバーが同時に侵入されないかぎり。
その「ありえない事態」が発生した。事態を把握している関係者はまだごく一部であり、突入班でさえ知らされていない。このことが明るみに出れば、内閣への責任追及は逃れられず、総辞職もありうる。
史上最悪規模のサイバー犯罪の露見は、柴崎たちメディア監理局の手によってかろうじて抑えられている。
侵入者の身元は、事案発生から四時間後に判明した。西田幸典。港南技術大学情報工学科教授である。
「国民番号照会中……間違いありません。容疑者は、確かに今も研究室にいます」
突入班長が柴崎に説明した。
国民番号システムへの侵入が疑われるのに、国民番号を照会してどうするんだ……。柴崎は、当然の疑問を頭の中で押し殺した。班長は忠実に規則に従っているだけだ。
だが西田幸典という名前はどこかで聞いた気がする。とはいえ、三十秒後には判明することだ。
柴崎には突入の指揮権はない。お手並み拝見といこう。仕事が待っているのは突入後だ。
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