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ふいに背後で声がした。祖母が真菜に近寄ってきた。
「やっぱり。小さい頃からよくここで絵を描いたりしていたからね」
そう言いながら、祖母が描きかけの水彩画をのぞき込む。
「うまいもんだね。将来は絵描きさんになれるかもしれへん」
「下手やけど、こうやっている時間が幸せやわ」
「そう思えるのはええ。それが一番やで」
祖母の口元がゆるんだ。
真菜はでしゃばる気などないのだが、それでも何か力になれないかと考えた。
「おばあちゃん、話があるんよ」
「あらたまってなんや」
真菜は先日、自宅で父と母が言い争った件をかいつまんで話した。
黙って祖母は聞いていた。
ひと通り話し終えると祖母がゆっくりと話し出す。
「真菜にまで心配かけてしもうたな。情けない話や」
理由をたずねようとしたが止めた。
恐らく、祖母自身も含めた大人達の全員のことを指しているに違いない。
「お父さんが継げないなら、私が大きくなってこの旅館を継いでもええよ。私は一人っ子やけどお父さんが会社員やからしがらみがない」
「何を言い出すんや。真菜は自分の好きな道に行ったらええ。それこそ絵描きさんを目指してもええんや」
「旅館の仕事しながら絵を描いたらええよ」
「そんなに甘いものではない。それにお母さんが反対しよるよ」
「それでもええ。私はお母さんの敵でもおばあちゃんの敵でもない。
でも両方の味方でもある。どっちについてもあかんけど、どっちにも仲良くして欲しい」
真菜は訴えるように必死だった。
「ありがとう」
真菜の手を祖母がそっと握る。真菜も握り返した。
その祖母の手からある感情が伝わってくるようだ。祖母も悩みを抱えているそんな気がしていた。
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