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真菜が写生を終えて階下へと降りてくる。庭を横切り、調理場の隣を通りかかった時だった。室内から匂いがただよってくる。魚を天ぷらで揚げている。
真菜はその方向に吸い寄せられるように扉に近寄った。その気配を察知した料理人の佐伯が柱の横から顔を出した。
突然、現れた顔に真菜はびっくりしてあとずさりした。冗談めかそうとした佐伯だったが、思った以上の効果に驚いている。
佐伯はベテランの女性料理人である。実家の父親が漁船に乗っていたこともあり魚の選別には詳しいし、手先が器用だった。真菜が幼い頃から遊んでくれる相手でもあった。
「ごめん。真菜ちゃんがこれほど驚くって思わなかったわ」
「いいです。ちょっとボーっとしていたし」
「おわびに揚げたての魚を食べてや」
そう言いながら串に刺した天ぷらを差し出した。
真菜はほお張った。やわらかい衣が舌先にもほどよい。白身魚の触感が口の中に広がる。
「味はどうかな」
「オーケー」
真菜は右手の人差し指と親指で丸の形を作って見せた。
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