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読書に疲れて外を眺めていると向こうから歩いてくる一人の男が見えた。主人が昨日言っていたもう一人の宿泊客だろうか。大きなバックパックを抱えてこちらに向かってくる。そして農作業をしていた主人に挨拶をしている。
どうやら顔見知りのようだ。
ガラガラと扉がひらかれ、無精髭を生やしてダラシない男が縁側で読書している保吉に近づく。
「うーす、ハヤシです。32歳」
そこから保吉の隣に座り、一緒に山を眺める。
「やっぱここからの景色は最高だな~」
そこからハヤシが聞いてもないのに身の上話をし始めた。ハヤシは大学卒業後、入った会社を5年で辞めてそこから日本中を歩き回り旅の道中でここの近くを通ったら必ずこの旅館へ泊まるらしい。
ハヤシに何で仕事辞めたのかと聞いてみた。
この手のデリケートな質問も初対面だからこそ聞く事が出来るかもしれない。話す側も初対面だからこそ気軽に喋れる。これもまた旅の醍醐味の一つである。
「週末を待ちわびて生きる生活が嫌になったのさ。別にお金だって結婚しなかったらバイトしながらで十分だしな。毎日行きたくもない会社に行って80歳で死ぬ人と毎日好きな事して40歳で死ぬ人って、寿命は半分だけど楽しい思い出も半分だと思うか?
俺は少なくとも会社を辞めてからの5年の方が10倍以上楽しいぞ。お前は今何の為に生きてるんだ?」
別に生きたい理由もないし、死にたくもないしどっちでもいい。答えが出ない保吉にハヤシは言う。
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