1人が本棚に入れています
本棚に追加
やがて日が沈みはじめたので農作業から帰って来た主人に案内され風呂に入る。風呂は時代を感じる檜風呂で、都会で蓄積された汚れが檜の匂いで洗い落されるようだった。風呂から上がるとオカミが夕飯までもうしばらく時間があると言うので少し散歩をしに外を出る。山を見ると紅葉の赤さと夕日の赤さが入り混じりなんとも言えない景色だった。朝都心の街で見た景色が資本主義を凝縮した景色だとしたら、これは何を凝縮した景色になるだろう。秋の風が湯上りの体を撫でる。辺りを一周回って沓脱ぎ石に座り山を眺めていると、風呂上がりの主人と女将さんが夕飯にしましょうと声をかける。
長机の部屋で三人一緒に食事をとる。保吉は一応客という扱いだが、主人とオカミは良い意味で客扱いしないのが良い。食事は大勢で取った方が美味しいに決まっている。夕飯はシジミの味噌汁に焼き鯖、ほうれん草のおひたしだった。それに茶碗蒸しがついてるのが嬉しい。主人は白米は食べず焼き鯖で日本酒をやっている。
「どうです一杯?」
お猪口を受け取り保吉も日本酒をやる。
そこから少し酔いが回り口がほぐれ主人と学生生活や就職活動について話す。隣でオカミさんが二人に酒を注いでくれる。
ふと女将さんが
「この人前は都会の会社でずっと働いてたんですよ」
と話す。
都会人特有の切羽詰まった表情が主人からは全然感じなかったので、この人が毎朝ピシッとスーツを着て、満員電車に乗る姿が全く想像できなかった。
主人は少し照れながら
「昔の話ですよ」
と言ってお猪口を口に傾ける。
オカミは主人にお酒を注ぐ。
最初のコメントを投稿しよう!