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種が立ち上がって玄関に向かう。俺も不安になってそっと後を付いて行った。
種が玄関の扉を開けると一人の女が現れた。ベージュ色のスーツを着ている。
「こんにちは」
女はまず種に挨拶をした。
そして俺に顔を向け、くすりと笑った。俺はゴミ袋を脱ぐのを忘れていることに気が付いた。
種が後ずさりながら隣に来て、俺の袖を引っ張りながら小声で聞いた。
「……誰?」
「…………」
女が種に向かって言った。
「匡の母です」
「…………」
玄関に立つ女はよそいきの顔をしていた。口角は上がっているが目が笑っていない。何度も見たことがある顔だ。特に親戚と話している時なんかに。
「久しぶりね、匡」
「…………」
「そろそろ帰ってきたらどう? いつまでもここにいられないでしょ?」
母親が相変わらず人形のような目で俺に話しかけていた。
「お父さんはもう捕まったんだからいいでしょ? うちに帰ってらっしゃい。お父さんを止められなかったことを私も反省しているのよ」
それは嘘だった。父親は俺への殺人未遂で自ら出頭し逮捕され起訴された。
この女は自分も脅されていた被害者だと言い張り、父親もそれに異を唱えなかった。
結局父親には三年の執行猶予が付き、今は遠くの親戚の家で暮らしていて家には戻っていない。
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