87人が本棚に入れています
本棚に追加
種とゾンビ
家賃二万五千円。昭和に建てられた古いアパート。
風呂なしトイレ共同。食事は近くのスーパーで安くなった惣菜と一袋28円のうどんを茹でたものに10円の油揚げを浮かべて食べる一食のみと切り詰めていた。
おかげで痩せ過ぎて今じゃ外に出ると通行人に怖がられるので夜しか出掛けられないし、もう三日は外に出ていない。なぜなら三日前にとうとう通報されてしまったからだ。おかげで冷蔵庫の中はからっぽになった。
昔から親とは意思の疎通ができていなかったが、今じゃ完全に音信不通になった。元々俺のことなど一度も心配したことのない親だった。そのせいか俺は親への愛情というものがわからない。いや、愛情というものがそもそも分からない。
それでもばぁちゃんが生きている間はなんとか実家に住んでいた。そんなばぁちゃんが死んだ一年と少し前、居場所を誰にも知らせずに一人になることを決めた。
その際に仕事もやめてしまったから金はもうあと数ヶ月の家賃分くらいしか残っていなかった。
「はらへった……」
天井を見ながら久しぶりには声を出してみた。
まだ声が出るということは生きているということ。まだ体が生きようとしているということだ。
でも素直にそれを喜べない。俺みたいな人間は死んだ方が良い、死ぬべきだと思うからだ。
きっともう過去に関わった誰もが俺の存在など忘れているだろう。俺自身も忘れられるように生きてきたのだ。人の記憶に残ることほど怖いものはない。
そうやってずっと生きてきたのだから最後は一人で死ぬのが筋というものだろう。
俺は目をつぶった。このままこうしていて考えることもやめてしまえば死ねるはずだ。予定より早くこの時が来てしまった。
実家から離れて約一年。その間に考えて、俺の存在を無にかえしてやることが俺が自分にしてやれる唯一のことで、それが俺が生まれて来た理由だと分かった。
今までで一番平穏な暮らしだった。それももう終わりだ。
「おやすみ」
最後はばぁちゃんに言った。
つもりだった。
最初のコメントを投稿しよう!