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長期の出張か、それとも単身赴任か。そんな父親を家族総出で迎えに来たのかもしれない。
実際、母親らしき人物が、しみじみとした声で「ようやくね……おつかれさま……」とこぼしながらその肩をさすっている。薄っすらと涙ぐんでさえいた。
彼らは余程の長い期間、離れて暮らしていたのか。
それにしても、ちょと大げさな気がしなくもなかった。
日和はよく、窓からは快晴の空が見える。正午前の明るい日差しが車内を照らす。
静かで、穏やかな空間――
けれど自分は弾んだ気分には一切となれずいる。感覚が麻痺したかのように、ただぼんやりと流れる気色を眺めていた。
車窓からの景色を眺めるのは嫌いじゃない。けど、特別に電車が好きというのでもない。
ただ自分にとって、交通手段と呼べる物はこれしかないから。
もうここ四年は、どこへの移動も電車と徒歩だった。
有り体に言えば、車の運転ができない。
運転免許証はまだ持っている。けれど、どう試してみても車に乗れない。
自身で運転するだけでなく、同乗する事すらが難しい。だからタクシーやバスさも使えない。
四年前の今日この日を境に、自分はそれらが出来なくなってしまった。
大きな駅に差し掛かると、少し乗客が多くなる。
混み合う程ではなかったが、車内は前よりは賑やかしくなっていた。
そんな折だった。
隣に座ったいかにも化粧慣れしてないような小太りの女性が、「あのぅ」と控えめな声を掛けてきた。
いきなり声を掛けられた事に動揺しつつも「はい?」と訊き返す。
困り顔のその女性は「すみません、あの、乗り換えの事で教えてほしいんです……」と、申し訳なさそうに言葉をもらした。
話を聞いてみる限り、どうやらまだ何駅も先からの乗り換え――それも自分は一度も利用した事がないローカル線の話だった。
思わず顎を引いてしまう。
あまり地理や路線の事に詳しくない自分だ。
時刻表を広げて必死で説明している女性だが、自分ではまるで力にはなれそうになかった。
「ちょっとあの、自分はそこまで詳しくないもので……。大きな駅の総合案内所とかを利用されは方がよろしいかと」
結局、そういう突き放すような言葉になってしまった。
中年女性は「そうですよね、すみません」と平謝り状態。なんだか余計に心苦しくなる。
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