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ふと、目線を戻した時――
前の座席の家族連れの内、高校生くらいの女の子と眼が合った。
今のやり取りを振り返って見ていたらしい。自分と眼が合うや、少し気恥しそうに――それでも大人びた会釈を返す。
そうして彼女は席を立ち、こちら側へと渡ってきた。
「あの、どこまで行かれるんですか? わたし、駅とか路線の事とか詳しいので、あの、よろしかったら――」
そう言って隣の中年女性に声を掛け、空いていた右隣りの正面の席に。
女性は「ああ! ほんまですか!」と救いの手を差し伸べられたかのような声を上げる。
それから彼女は中年女性の話を細かく聞き、自身のスマホの画面と照らし合わせながら目的の駅までのルートを割り出して見せた。
懇切丁寧で、そして柔らかいその物腰。随分と出来たお嬢さんだった。
相手が理解できるまで根気よく説明するその少女。
半分以上は歳が違うだろう向かいの女性は、「ありがとうございます、ありがとうございます」と何度も頭を下げていた。
「あたし人の多いトコによう出向かんので、本当に助かりました。こちらさんも、お世話をお掛けしまして」
女性はこっちにまで向き直って、またペコペコと頭を下げる。
「いえ、自分は……」
そうこうやってる内に、女性は教えて貰った通り快速に乗り換えるため次の駅で慌ただしく降りていく。
去り際、まだこちらに向かって頭を下げていた。
向かい隣りには少女がまだ座っている。
どこか誇らしげで嬉しそうな顔。それでもこちらが視線を向けると、気恥しそうなに笑顔で取り繕っていた。
前の座席から母親が「すみませんね、この子ったらお節介でもう」と、申し訳なさそうな顔を覗かせる。
こちらも気の利いた返しも出来ず、曖昧な返事と会釈をしてしまう。
すると母親は思いついたような顔をして、「あの、よかったらこれを」と抱えた紙袋の中身の一部を差し出してきた。
手渡してきたのは、見事に色づいた蜜柑だった。
「沢山いただいちゃったものですから。遠慮なさらずにどうぞ」
どうやら抱えているその大きな紙袋は全部がその蜜柑らしい。親戚や知人が蜜柑農家でもやっているのだろうか。
勧められるままにそれをいただいた。
朝食の味すら分からなかったのに、どうしてかとても甘く、瑞々しかった……。
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