Nov 16th

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 ――”犯人”。  彼女達が発したその単語が、その他一切を置き去りにして、自身の奥底を抉る。  体が、外側から冷えていく。  暖房の効いた、こんなにも明るい日差しの車内で、寒さに凍えるかのような震えが起こる。  心臓がぎゅっと絞られたような痛み。  呼吸が、どうしても荒く、不規則になっていく。   彼女達はまるで執拗に”犯人”というその言葉を繰り返した。  犯人は――犯人が――その犯人って――  どうか、どうか、”犯人”という言葉を使わないでくれ。  ぶつけたのも、その上で逃げたのもひどい事だと思う。取り返しのつかない過失なのはわかる。  加害者と被害者の関係であるのは覆せない。  でもどうか、そんな言葉で言い表さないでほしい。  耳を塞いでしまいたかった。  でも、一度こうやって触発されてしまえば、後からどう眼や耳を覆うが何の意味もない。  ハンカチで脂汗の浮いた顔を隠すように、ただじっと丸くなる。  頭の中で反響する彼女達の『ハンニン』という言葉に、ただただ耐える。 「あの――」  はっとして顔を上げた。  向かいの席で、あの少女がこちらを心配そうな顔で覗き込んでいた。 「大丈夫ですか? あの、さっきからずっとそうやって辛そうに……。どこか具合が悪いんですか?」  「いえ……何でも……ないですので……」  途切れ途切れ、そう言葉を返した。  一体、自分はどれほどの間そうしていたのだろう。  気付けばあの女子大生達も、隣に座っていたサラリーマンの二人連れもいなくなっていた。  こちらの様子を心配してか、前方の座席の母親達までが少し身を乗り出すようにしている。彼らにも 「本当に何でもないですから」と念を押して、握り締めたままのハンカチでまた額を拭った。  不審そうに顔を見合わせる彼らだったが、それ以上の詮索はなかった。  車内はまた閑散とした様子に戻っている。  一気に乗ってきた人達は、また一気に降りていってしまったのか。さっきまでの賑やかさが、まるで夢か何かのようだった。 「……”犯人”って言葉、あんまり良くないですよね」  俄かに向かいから聞こえた、その呟き。  意識は釘付けとなった。 「相手からしてみればその通りなんだろうけど……でも、やっぱり、そういう風には表現してほしくないです……」  こちらに語りかけるというより、ただの呟きにも似た控えめな囁き声。
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