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「なんでもええやろ。それにしても……まさかあんたが、こんなところで働いてるなんてなー」
「っ……」
蒼汰は瑠衣の指摘に息を呑むと、気まずそうに顔を背けた。やはり彼は、親の仕事を手伝って、とか、そういう理由で働いているわけではないらしい。少なくとも、人にバラされては困るのだろう。
瑠衣は笑顔のまま、テーブルに両肘をついた。両手の指を顔の前で組み、蒼汰を見上げる。
「あとで話あんねん。付き合(お)うてくれる? ……付き合うてくれるよな?」
蒼汰は無言だった。だが彼が拒否できないことは分かりきっている。
「あ、俺飲みもんはー……んー、適当に作ってや。その格好、バーテンとして働いとるんやろ? 蒼汰君」
「分かり……ました……」
注文に頷く蒼汰の顔は真っ青だった。唇を噛み締める姿は悔しそうで、よほど焦っているらしいというのが窺える。
瑠衣に背を向けてドリンクを作る蒼汰の姿を眺めながら、瑠衣は楽しそうに頬を緩ませた。
安心せい、と心の中で、瑠衣は蒼汰に話しかける。
別に瑠衣は、このことを学校へバラそうなどと思っていない。面白半分に噂を流す気もない。幸いにも、面倒くさがりな瑠衣は、そこまで悪趣味な性格ではなかった。
ただ、ちょーっとお話をしたいだけだ。
意外にもドリンクを作る姿がサマになっている蒼汰に、やっぱりこいつ器用やねんなー、などと瑠衣は思いながら。
やっとこれで蒼汰から解放されると、鼻歌でも歌いたい気分だった。
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