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「はいはーい。逃げんなよ?」
「……逃げませんよ」
蒼汰を含めた従業員の「ありがとうございましたー」という声を聞きながら、瑠衣は店を出た。
しばらく店の前で待っていると、路地裏の方から蒼汰が姿を現す。エプロンは外しているものの、カッターシャツと黒いズボンはそのままだ。
「……お待たせしました。山上さん」
「お疲れー、沢城。そんな暗い顔せんでええってー。俺、そこまで悪いやつちゃうからさ。安心してーや。ま、それもあんた次第かもやけどー」
わざと意地の悪い口調で言えば、蒼汰はなんともいえない顔になった。
「……それは……」
「ちょーっとお願いあんねん。聞いてくれるよな?」
「……こちらへ」
「へ?」
観念したように頷いた蒼汰は、そう言って不意に歩き出した。行く先は、先ほど彼が出てきた路地裏だ。
一瞬瑠衣は、どうして路地裏へ入るのだろうと疑問に思った。しかしすぐに、あんなところで話をして、誰かに見られたらまずいと思ったに違いない、と気付く。外から見えない店内ならともかく、蒼汰はあんな大っぴらなところにいたくはないらしい。
それに気付いて、瑠衣はおとなしく蒼汰のあとに続いた。
「暗いなー、ここ。電灯もないし」
「はい。ここであれば、誰にも邪魔されないと思うので……」
「せやな」
奥まった位置にある、店と店の間の隙間に、蒼汰は身を滑り込ませた。大人一人が余裕で入る隙間のそこは、わざわざ覗き込まれない限り、誰にも見られることはないだろう。
二人でそこに並べば、蒼汰が振り返る。
改めてお互い向き直った瑠衣は、蒼汰に笑いかけた。
「んで、俺からのお願いやけど。あんたがここで働いてることは誰にも言わん。その代わりに」
「分かって、ます」
「……な、なんや、話早いな。……って……」
さすが頭のいい人は物分かりが違う――なんて思った瑠衣は、緩慢とした動作でしゃがみ込んだ蒼汰を見て、目を瞬いた。
瑠衣がきょとんとしている間に、蒼汰は震える両手で、瑠衣のズボンに手を伸ばす。その指先がベルトに触れ、それを外す。そして。
「え、ちょ、待、沢し……」
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